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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)5240号 判決 1971年4月17日

主文

1  被告らは各自原告に対し金三〇八万七〇〇〇円およびこれに対する昭和四三年五月三〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを四分し、その一を被告らの、その余を原告の各負担とする。

4  この判決の原告勝訴の部分は仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告らは各自原告に対し金一四六四万八二五〇円およびこれに対する昭和四三年五月三〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二原告の請求原因

一  (事故の発生)

訴外亡茂木晴子(以下晴子と略称する。)は次の交通事故によつて死亡した。

(1)  日時 昭和四三年一月二五日午后九時四〇分頃

(2)  場所 東京都墨田区錦糸三丁目二番地先道路上

(3)  加害車 大型貨物自動車(車両番号多摩一そ二六七〇号)

右運転者 被告柳田衛(以下被告柳田という。)

(4)  被害者 晴子(歩行中)

(5)  事故態様 横断歩道上を横断歩行中の晴子に、加害車が衝突した。

(6)  死亡 晴子は胸・腹部・骨盤腔内損傷の傷害を受け同月二七日死亡した。

二  (責任原因)

被告らは次の理由によりいずれも本件事故に基づく損害を賠償する責任がある。

(一)  被告徳山建設株式会社(以下被告会社という。)

被告会社は加害車の所有者である。

(二)  被告徳山謙一(以下被告徳山という。)

被告柳田は被告会社の従業員で、その業務として加害車を運転中その過失により本件事故を惹起したものである。そして被告徳山は被告会社に代つて被告柳田の業務執行を監督する者であつたから、同被告は代理監督者として民法七一五条二項の責任がある。

(三)  被告柳田

被告柳田はその過失により本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条の責任がある。

三  (損害)

(一)  原告の支出した葬儀費用 金三五万円

原告は晴子の母としてその死亡に伴い葬儀費用金三五万円を支出した。

(二)  晴子の逸失利益とその相続 金一二五八万一二五〇円

晴子は死亡前平野工業有限会社に勤務し年間金六六万円の収入を得るかたわら、兄の茂木旭の経営する有限会社茂木鋼板工業の役員として年間金一〇万円の報酬を得ていた。晴子は当時二六才の女性であつたからその平均余命の範囲内で少なくとも三七年間は就労しえて右と同程度の収入を得たものというべきところ、その生活費として相当な年額金一五万円を控除したうえホフマン計算により中間利息を控除し、もつてその逸失利益の現価を算定すると金一二五八万一二五〇円となり、晴子は被告らに対し同額の損害賠償請求権を取得した。

原告は晴子の母で唯一の相続人であるから、同人の死亡により右損害賠償請求権を相続により取得した。

(三)  原告固有の慰藉料 金三〇〇万円

(四)  弁護士費用 金一六七万円

原告は原告ら代理人に本訴提起を委任し、着手金七万円を支払つたほか、第一審判決時に報酬として金一六〇万円を支払う旨約束した。

(五)  損害の填補

原告は本件事故による晴子の死亡に基づき自賠責保険金三〇〇万三〇〇〇円を受領した。

四  (結論)

よつて被告らは各自原告に対し、以上の損害総額から右填補分を控除した金一四六四万八二五〇円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和四三年五月三〇日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

第三請求原因に対する被告らの答弁

一  請求原因一項の事実は認める。

二  同二項の(一)の事実は認める。同(二)の事実中被告柳田の過失は否認し、その余の事実は認める。同(三)の事実は否認する。

三  同三項の事実は全て不知。なお晴子は事故当時無職であつた。

第四被告らの抗弁(免責および過失相殺)

本件事故現場は、錦糸町駅方面から押上方面に通ずる道路と三ツ目通り方面から墨田区検方面に通ずる道路との交差点付近であるが、被告柳田は加害車を運転して錦糸町駅方面から交差点に差しかかり、三ツ目通り方面へ左折にかかつたところ、左方の横断歩道角に晴子を交え三人位の人が立話をしているのを発見したので、加害車前部が横断歩道にかかるまでその動静に注意を払いつつ徐行した。しかるに晴子は立話に熱中して車両の通行に気付かないまま突然飛び出して、加害車の後部車体に接触して転倒したのである。従つて本件事故は晴子の一方的過失によるものであり、被告柳田には何ら運転上の過失はない。

また加害車には構造上の欠陥および機能の障害もなく、被告会社にも過失はなかつたから、被告会社は自賠法三条但書により免責される。

仮りに被告らに賠償責任があるとしても、晴子の右過失も寄与しているから、賠償額の算定に当りこれを斟酌すべきである。

第五抗弁に対する原告の答弁

争う。

第六証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因一項の事実(事故の発生)は当事者間に争いがなく、同二項の(一)の事実および同(二)の事実中被告柳田が被告会社の従業員で、その業務として加害者を運転中本件事故を惹起したことおよび被告徳山がその代理監督者に該ることはいずれも当事者間に争いがない。

二  (責任原因および過失相殺)

そこで進んで本件事故に関する被告柳田の過失の存否および晴子の過失の存否につき判断する。

(一)  〔証拠略〕を綜合すると、次の事実を認めることができる。

(1)  本件事故現場は、南方錦糸町駅方面から北方押上方面に通ずる通称四ツ目通り(歩車道の区別があり車道幅員一六・六米で中央に都電軌道がある。)と、東方墨田区検方面より西方三ツ目通り方面に通ずる通称割下水通り(交差点より西方は歩車道の区別がなく幅員は一四米)とが直角に交わる交通整理の行なわれていない交差点の西側に設けられた横断歩道(以下本件横断歩道という。)上である。交差点南側にも横断歩道(以下南側横断歩道という。)が設けられており、現場付近の制限時速は毎時四〇粁で、付近は夜間でも比較的明るい。人車とも交通はかなり頻繁である。

(2)  被告柳田は加害車を運転して錦糸町駅方面から時速四〇粁位で本件交差点に差しかかり、本件交差点を三ツ目通り方向に向けて左折するため左折合図をしつつ時速を約一五粁程度に落して、南側歩道を通過し、次いで道路左端との間に三・八米弱程度の間隔を置いて本件横断歩道を通過しようとしたところ、本件横断歩道上を南方から北方に向けて横断歩行中の晴子に、加害車の荷台左側アングル前部角が接触し、次いで左後車輪が接触し、よつて本件事故に至つた。

(3)  晴子は訴外粉川吉弘(以下単に粉川という。)と共に錦糸町駅方面から押上方面に向つて帰路につき、四ツ目通り東側歩道を北に向つて歩行した後南側横断歩道を渡つて西側歩道に至つたのであるが、同所で押上方面に向うタクシーを拾うため、粉川は右横断歩道からやゝ南に寄つた地点で寸時錦糸町駅方面から来るタクシーを捜し、晴子は横断歩道からやゝ北に寄つた地点でこれを待つていた。

ところがタクシーが容易に見付からなかつたので、押上方面に向つて歩きながらタクシーを捜そうと考え、晴子が先に立つて西側歩道を北に歩行して本件横断歩道に差しかかり、晴子が先づ横断歩道に入り、粉川が二米程遅れてこれに続いたが、その際粉川はなおタクシーを求めて錦糸町駅方面を振り向き振り向き歩いていた。そして晴子が歩道端から三・八米弱程横断歩道に立ち入つたところで前記のとおり加害車に接触した。

(4)  加害車が右のようにして本件交差点を左折するに当り、晴子が本件横断歩道に踏み出す直前の西側歩道角(交差点南西角)付近への見通しは、加害者運転席が南側横断歩道をやゝ過ぎる頃まではフロントガラス越しにこれを見通すことができ、それ以後はフロントガラス越しの視界からは外れるが、なお運転席左側面の窓越しにその胸部以上を見通すことができる。

以上のとおり認められ、証人粉川の証言中加害車の速度に関する部分は採用せず、他に右認定を左右すべき証拠はない。

(二)  ところで問題は、被告柳田が左折に際し晴子の動静に対し払つた注意の程度および晴子の横断歩行態度であるが、右認定の事実と前掲の各証拠ならびに晴子が本件横断歩道を駆け出したとみるべき証拠はなく〔証拠略〕に照らし同人は通常の歩行速度で横断を始めたと認むべきことを綜合して、次のとおり推認するほかはない。

即ち、晴子は前記のとおり本件横断歩道に差しかかりこれに歩を進めたのであるが、その際粉川がなおタクシーを捜して錦糸町駅方面を振り向いていたので、晴子もまたタクシーを捜してもしくは粉川に話しかけるため同方向を向き、あるいはそのため寸時歩を止めるようなこともあつた。

また本件横断歩道を横断歩行するに当つても右のことに気をうばわれていたため左右の安全を確認することなく、漫然と歩行した。一方被告柳田は加害者運転席が南側横断歩道に差しかかる少し手前から同歩道を通過する頃までの間に西側歩道角付近にいる晴子を発見したが、たまたまその頃晴子が直ちに本件横断歩道に踏み出すことはないと思われるような態勢にあつたためこれに気を許し、その後は運転席左側面窓から同人の動静を注視するなどしないで、視点を同人から外してそのまま左折進行し、本件交差点を通過しようとした。

〔証拠略〕によれば、被告柳田は本件横断歩道に差しかかる頃まで晴子から眼を離さなかつたと供述しているけれども、前掲事実関係に照らして措信しえない。

その他右認定を左右すべき証拠はない。

(三)  右事実に照らし考えるに、横断歩道脇に歩行者が居る場合にその前を通過しようとする自動車運転者は、左右の安全不確認のまま横断しようとする歩行者もあることを慮つて、終始その動静に注意するかあるいは歩行者が自動車の通過を認めて横断を差し控えていることを確認してから通過すべきものであり、しかも本件では、加害車は大型貨物自動車で左折進行中なのであるから、加害車にとつて歩行者に対する見通しが不充分となる時間がある一方、歩行者にとつても直進車に比してその確認が難かしく、またいわゆる内輪差も大きくかつ車両最後尾が横断歩道を通過し終るまでの時間経過も比較的長いのであるから、右のような注意は一層厳にしなければならない筋合いである(具体的には、充分に減速して、歩行者の動静と進路前方とを交互に確認しつつ、歩行者が横断を開始する姿勢を示したときには直ちに停止できるように進行すべきである。)ところ、被告柳田にはこれを怠つた過失があり、そのため本件事故を惹起したものといわなければならない。

そうすると被告柳田は不法行為者として民法七〇九条により、被告徳山は代理監督者として民法七一五条二項によりそれぞれ本件事故に基づく損害の賠償責任があり、また被告会社の免責の抗弁も失当に帰するから被告会社は加害車の運行供用者として右同様の責任があることとなる。

(四)  しかし一方前記認定の事実によれば、晴子にも横断歩道を歩行するに当つて左右の安全確認を怠つた過失があるものといわなければならないから、賠償額の算定に当りこれを斟酌すべきであり、前認定の事故態様に照らし、二〇%程度の過失相殺をするのが相当である。

三  (損害)

(一)  葬儀費用

〔証拠略〕によつて原告が支出したと認められる葬儀等費用および石塔費用のうち、本件事故に基づく損害と認むべき範囲は金三〇万円をもつて相当と認むべきところ、前記被告者の過失を斟酌してこのうち賠償額は金二四万円とするのが相当である。

(二)  晴子の逸失利益とその相続

〔証拠略〕によれば、晴子は昭和一六年四月二一日生れ本件事故当時満二六歳の女子で、事故前年の昭和四二年には訴外平野工業有限会社に経理担当者として勤務し、同年一月から八月まで合計金四三万円の収入を得ていたが、九月以降は自己の都合で休みをとり、事故当時もなお同会社に籍は残つていて会社の都合によつて職場に復帰することも考えていたこと、一方同人は粉川とかねてより婚約していて、未だ結婚の時期は定まつていなかつたが、粉川は自らくずもち店を経営していたので結婚後は晴子を退職させて店の手伝いをさせるつもりでいたことがいずれも認められる。

なお〔証拠略〕によれば、晴子は他に有限会社茂木鋼板工業の取締役に就任していたことが認められ、その給料として昭和四二年中に金六万円が支給された旨の〔証拠略〕があるが、右会社が晴子の兄が代表取締役を勤める資本金五〇万円の小規模な有限会社である(甲第五号証)ことと〔証拠略〕に照らし、これをもつて現実に右給与が晴子に支給されていたとの趣旨には到底採用しえない。

右認定のように晴子に将来再び職場に復帰するかどうか、また復帰するとしてもその時期は定かでないのであるから、将来にわたる逸失利益の算定に当つて右平野工業からの収入をそのまま基準にすることは困難であり、しかも早晩結婚して夫となるべき者の店の手伝いと家事に専念することが見込まれるのであるから、むしろ同人の逸失利益の算定は、その稼働能力の評価として、女子一般労働者の平均賃金を基礎とし、これを六〇歳に達する頃までの三三年間(正確には五九歳九月に達するまで)に亘り得るものとして算定するのが相当である。

しかるところ労働大臣官房労働統計調査部編賃金構造基本統計調査報告昭和四三年、昭和四四年版各第一巻第一表によれば、女子全産業労働者の平均給与額は、昭和四三年が平均月間きまつて支給する現金給与額二万五八〇〇円、平均年間賞与その他の特別給与額五万八七〇〇円で年間計三六万八三〇〇円、昭和四四年が平均月間きまつて支給する現金給与額二万九二〇〇円、年間賞与その他の特別給与額六万八五〇〇円で年間計四一万八九〇〇円であるから、晴子の死亡後一年間は右昭和四三年における平均給与を、その後の三二年間は右昭和四四年における平均給与を、それぞれ毎年得るものとし、生活費としてその二分の一を要するものとみるのが相当であるからこれを控除したうえ、ホフマン式計算により年毎に年五分の割合による中間利息を控除して合算すると、左の計算のとおり金三九九万三八六九円となり、これをもつて死亡当時の晴子の稼働能力の評価額とみるのが相当である。

368,300×1/2×0.9523=175,366

418,900×1/2×(19.1834-0.9523)=3,818,503

175,366+3,818,503=3,993,869

そして晴子の前記過失を斟酌すると、このうち賠償額として金三二〇万円が相当であり、同人は本件事敬により被告らに対し同額の損害賠償請求権を取得したものというべきところ、〔証拠略〕により原告は晴子の母で唯一の相続人であると認められるから、同人の死亡により右の損害賠償請求権を相続により取得したこととなる。

(三)  原告固有の慰藉料

本件事故により子を失つた原告の精神的苦痛を慰藉すべき金額としては、晴子の前記過失をも斟酌して、金二四〇万円が相当である。

(四)  損害の填補

原告が本件事故による晴子の死亡に基づく損害賠償として、自賠責保険金三〇〇万三〇〇〇円を受領したことは、原告の自陳するところであるから、これを以上の損害賠償額から控除すると残額は金二八三万七〇〇〇円となる。

(五)  弁護士費用

〔証拠略〕により原告が原告代理人らに支払いまた支払いを約したと認められる着手金および報酬のうち、弁護士費用による損害として被告らに賠償を求めうべき金額は金二五万円をもつて相当と認める。

四  (結論)

以上の次第であるから、原告の被告らに対する本訴請求は、被告ら各自に対し以上損害合計金三〇八万七〇〇〇円とこれに対する事故発生の後である昭和四三年五月三〇日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条にそれぞれ従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 浜崎恭生)

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